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京都妙心寺での『iPS 夜話』ー 宗教界、医学現場、iPS研究者の3界の代表たちが語る [医療と健康]

昨年、つまり平成28年10月22日(土曜日)夕方6時から、京都市右京区花園にある1657年創建の妙心寺退蔵院において、アラビアンナイトならぬ『iPS 夜話 』が催されました。

司会者戸口田 淳也氏(CiRA副所長)の言葉によれば、このように3つの分野、即ち宗教者、現場の医師、そしてiPS研究者の3者が一同に会して、60人程の一般聴衆の前でそれぞれの立場から意見や問題提起をするのは初めての試みで、ある意味歴史的イヴェントではないかとコメントされたのが印象的でした。参加費は、ミシュラン1つ星を獲得した「阿じろ」の精進弁当代、拝観料を含めて5千円でした。


ここ妙心寺は、そもそも臨済宗妙心寺派大本山で、別のブログですでに書いた剣豪宮本武蔵が一時期滞在していた寺です。彼の言葉に、『神仏は敬して頼らず』という言葉が残されていますが、彼が到達していたその高い精神性を育んでいたと見られるお寺で、現代でも最先端の科学ーiPS細胞の持つ課題が400年後にこうして語られているとはなんという巡り合わせだろうと、そこに参加したものとして感慨深いものがありました。


iPS細胞が関わる生殖細胞研究がもたらす生命観、生命倫理について、個々の人間の存在のみならず、私たち人類の行く末、存在の意味が問われる刺激的、かつ、重大な問題が、この夜提起されました。


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当日わずかながら小さなノートにメモした内容を元に振り返って見たい。年も超え、もうすでに5 ヶ月も経過していることもあり話の流れや各界の先生方の掛け合いのところの辻褄が記憶の中で曖昧になっていますが、あの時の発表者の考えやそれを聞いていた自分の感想を全てボツにするのは何かしら惜しい気がしました。


現場の医者として、京都市内で100年以上も続いている【足立病院】の畑山 博院長が話された中で1番印象に残ったのは、多胎妊娠の場合、例えば3つの命から2つを選ぶ減数手術をする際の苦悩でした。医者の自分が本来3人となる命の中から2つだけを果たして選択して良いのかという悩みを率直に語られたことです。昔【足立病院】で自分がお産をしたおばあさんが、「先生、私の孫のお産の時もぜひよろしくお願いします」と言われるくらい信頼されておられる産科医の畑山氏が、一方でそういう悩みを生々しく語られることに、進んだ現代医学の持つ別の面を見せられた思いがしました。生命の元である受精卵の数を操作、はっきり言えば取捨選択する行為は、母体の安全やら経済事情のためとは言え「神」の領域に人間が既に踏み込んでいるのだなと私的には考えます。とても厳しい言い方をすれば、江戸時代に限らず、日本でも生まれた後の「間引き」はよくあったことですが、細胞の段階で消してしまうのと生まれ落ちた後人間の肉体を持った赤ん坊を殺すのと本質的には同じ行為だと思えるのです。ただ、罪の意識は後者の方が強いかと思われます。ここで断っておきたいのは、畑山先生個人を攻撃したい、責めたい気持ちは毛頭ありません。一見するだけで、先生ご本人は見識も高く立派な人格を備えているお医者様とお見受けしました。


精子と卵子が結合していわゆる受精卵となりますが、1mmの大きさになると初めての生殖細胞、始原生殖細胞と称されるそうです。受精卵として2週間まではまだ人としては認識されない?らしく研究して良いというルールがあると話されましたが、数日後、たまたま私がイタリアの生物研究者の方にこの会の話をしたところ、中国では現に2週間以上の生殖細胞でも実験対象になっているとはっきり言われました。まあ、囚人や貧しい人の臓器の売買が日常的にある国と言われますから、人の生殖細胞、受精卵の扱いもモラルを超えたものとなっているのでしょう。


畑山医師はさらに、障害を持って生まれてくる子供達についても触れて、ダウン症の子供たちに「あなたたちは(生まれてきて)幸せですか?」とアンケートを取ると、90%の子供が「幸せだ」と答えると話され、健常者の子供は果たして同じように答えるでしょうかと投げかけられました。ここに、人間にとっての本当の幸せとは何かという問いが生まれます。幸せとは、その人が幸せと感じるか感じないかであり、その人の環境、状況ではないと思います。


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藤田みさお準教授(CiRA 上ひろ倫理研究部門)からは、iPS細胞研究の真近にいる方だけに非常に言葉に気をつけながら発言されているなという印象を受けました。この細胞の発明と研究成果により考えられる課題は、医療における格差や、元々の生殖細胞、受精卵そのものにおける操作或いはDNA操作のことでしょうか?
例えば、子供を欲しがる最初から、肉体面、知能面で優れた資質、能力を持つ精子や卵子を求める人の欲求にどう対応するのか、近未来、将来人間の親のどういう欲求の拡大があり、それに研究者や医者はどう対応するのか、すべきなのかという課題と受け取れました。かなり前、イギリスの産科医が操作した【試験管ベイビー】誕生のニュースを聞いた時も驚いたものですが、今ではそれを通り越して、【デザイナーベイビー】という名称があるくらい人の要求、欲望にはきりがありません。「生命倫理」という学問【Bioethics 】は40年前に生まれたそうですが、この先自分はさておき、隣人や自分の2,3世代先はどういう操作をした、或いはされた人の集まりになっているのでしょう。これは何もハリウッドSF映画の中の話ではありません。


お二人のお話も印象には残っていますが、個人的な感想として、この場を提供された退蔵院の副住職の松山 大耕氏が、宗教人だけに何度も「人間の幸せとは何か?」という言葉を出され、医学や倫理からの問いかけより更に真正面から踏み込んで発言されていたと思います。


副住職の最初のお話で、2006年にiPS細胞が初めて出来たとき、真っ先に講演の依頼があったのは、医学や科学界からではなく、なんとあのバチカンからだったという事実でした。旧約聖書によれば、神は全てを作った。人はその全てのものの統治者に位置する。(全ての創造主である「神」と創造物のリーダーである「人間」とのそれぞれの役割と領域はどこからどこまでなのか?神の創造物の1つに過ぎない人間は、医学や科学の発達によって神に替われるのでしょうか?) 【注】( ) 内は私の言葉です

お話のメモを頼りに書いてみますと、仏教に於いて、人の生命の判定は、
①意識がある
②呼吸がある
③体温がある

ことにあるらしい。「識」というのは仏教の概念を表し、宗教の中でも、仏教は比較的科学を受け入れる寛容なところがあると言われる。副住職は仏教のみならず他の宗教にとても造詣が深く、各界の人々とも交流を広く持たれているのがうかがえた。

前からの話のつながりは忘れてしまったが、確かアフリカでの実例で、レイプされて身ごもった女性がお腹の子を中絶したかどで処罰された事件の事で、松山氏があの有名なダライラマに質問されたそうです。その子を堕胎したことはいけなかったのか?と。ダライラマ13世は、「堕胎は悪いことだが、その子が生まれて良いのかどうかは分からない」と答えられ、次のような釈迦の若い頃の話をされたとのことです。この話は、仏教徒ならずともとても興味深い内容です。

仏陀になる前の若い青年釈迦の頃、ある日一艘の船に500人の人々が乗っていた。釈迦は霊眼がありじっと見てみると、500人のうち499人は善良な人で、ただ一人悪人がいた。その悪人は499人を殺して持ち物を全部盗もうとしているのが分かった。釈迦はその悪人を殺した、という話です。

(これこそ必要悪ではないでしょうか?堕胎は悪いことです。これを良いという人はなかなかいないでしょう。しかも、レイプされて出来た子は幸せになれないでしょうし、周囲も幸せに出来ないでしょう。釈迦は人間を殺めました。それは499人の命を守るためでした。)


副住職は、日本のあるガン専門医から聞いた話も紹介されました。海外からのガン患者に対応する中で、膵臓と肝臓を侵された患者と手術の話をしていると、「膵臓だけ手術してほしい、肝臓は(母国で)買えるから」と返事が返ってきたそうです。(なんというドライな考え方でしょう!)

妙心寺を訪れたフィリピンからの男性のエピソードも当世風で笑いを誘いました。その日はなんと雪の降った日で、その訪問者は珍しい雪に覆われた妙心寺の景色をたいそう気に入られたのか、仏教徒ではないが、「ここで結婚式は可能ですか?」と聞いてきたそうです。「出来ますよ」と副住職が答えられると、「同性でもいけますか?」と聞かれたそうです。これには聞いていた私も「へえ!!」と声が漏れました。現代はなんでもありの世界ですね。(苦笑)


松山副住職は、最後も、「お金持ちで健康な人でも不幸な人はいる」「果たして人間の幸せとは?」と問いを投げかけられていました。

以上、【iPS夜話】が催され5ヶ月も経ってこれくらいしか書けなかったのは残念ですが、参加した記念に残しておきます。


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1984年製作・映画【空海】(弘法大師・御入定1150年記念)ー早坂暁作のコミック本と合わせた感想 [映画]

ある日、新聞紙上で36年前の古い映画「空海」の広告を目にして初めてその存在を知り、早速レンタルビデオで観ました。そもそもこの映画は、弘法大師・空海「御入定」1150年を記念して企画、製作されたものでした。ということは、弘法大師空海が旅立たれて、平成29年現在、1186年もの時が経過しているということです。


今回、ネットで検索しているとなんと、主演俳優染谷将太で「空海 KU-KAI」の映画が今中国で製作中で、今年度完成し、2018年公開されるとのこと、映画の一部の情報を読んでみると、オーソドックスな撮り方ではなく、中国での若き空海の冒険談になっているような印象を受けました。どんな出来上がりか楽しみです。原作は作家夢枕獏が17年かけて書いた本、「沙門空海 唐の国にて鬼と宴す」(全4巻)ということです


さて、映画は3時間ほどの長丁場なのに途中で退屈さを感じなかったのは、脚本家早坂暁氏の力量によるのでしょう。早坂氏と言えば、かなりの昔、NHK放映の吉永小百合主演、「夢千代日記」の脚本家としても有名です。空海を演じる俳優北大路欣也は当時41歳で、青壮年期を演じるにはぎりぎりのところだったと思います。あくまで個人の意見ですが、後半になるにつれていい雰囲気が出ていました。最後の最後、私に会いたくば、【遍照金剛】と唱えなさいと弟子たちに伝えるところでは、自然と涙が出て来ました。


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幼少年時代の空海の名は、真魚(まお)という、現代からすれば変わった名前ですが、そこではたと思ったことは、若い頃九州の天草に居た頃見聞きしたことでした。海に囲まれ殆どが漁業に従事するか半農半漁の地元では、その人たちの名前に魚そのものや動物、漁業に関するものがなんのてらいももなくつけられていた事実です。さらに言うと、日本ではそう大昔に遡らなくとも少なくとも戦前までは古風な、実際に人の生活、職に関わる名前が確かに使われていたのを思い出しました。空海は、いや真魚は、天草の島々と同様、海に面した四国の讃岐生まれの人です。その名前になんの不思議もないわけです。


空海という名前を何時頃から名乗るようになったのか、歴史に登場する日本人にはよくあるように、空海という名に落ち着くまでにいくつか名前があるようですが、名は人を表すというだけに、よくこの名前を付けたものだと思います。歴史上の他の名僧とは別格のスケール、人格の大きさ、密教の不可思議な雰囲気、日本各地に広範囲に残る足跡、逸話は、平成の現代もこれからも人を惹きつける不思議な魅力に満ちています。


映画の中で、これまで知っていた、或いは、知らなかった逸話、彼の発した言葉(台詞)を確認したくて、同じ早坂氏作による、【空海】(集英社・ジャンプ コミック デラックス)というコミック本を選びました。


空海の修め究めた密教の内容や奥義は、私にとって未だ手掛かりがあるような無いような想像を超えたものですが、映画とこの漫画本を合わせると、空海の生きた時代は、奈良から遷都したばかりの平安京初期の頃を含み、天皇も次々と代が変わる生臭い政争を孕んだ時代だったと分かります。これは発見でした。また、共に遣唐使として中国(唐)に渡って無事に帰国できた後天台宗を開いた年長の最澄が一時空海の弟子となり、結局、お互いの立ち位置の違いが深まり袂を別つ過程が漫画の中の問答でも描かれ、よく理解できた。


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細かいところでは、映画でもコミックでもサラリと触れられていたが、空海の修行時代、富士山噴火に遭遇した際、相手の命を生かそうとして抱いた女が、10年後にその時身ごもった子供を連れて空海を訪ねて来て、彼が自分の弟子にする場面が印象的でした。これは、100パーセント早坂氏の作り上げたフィクションでしょうか?或いは、元になるような話、伝承があったのでしょうか?興味のあるところです。


以下の事柄も強く興味を持ち、自分なりに思いを巡らした点ですが、また別の機会に触れたいと思います。

① 空海の生きた時代、当時の朝廷との関わり

② 室戸岬にある海に面した洞窟で修行中体験したこと:明星が空海の口に飛び込んで来た事

③ 滞在期限20年という掟を破ってまで2年で帰国した理由

④ (漫画本の最後にある)最晩年の空海の【秘密曼荼羅 十住心論】を説く言葉
の意味


ちょっと残念なことは、中島徳博氏の漫画(絵)のタッチが荒削りな感じがして私の好みではなかったことですが、映画「空海」の思い起こしにはとても役立ちました。



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