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京都検定1級ガイド氏による鹿王院見学 [旅、観光]

これは、9月23日付の「京都検定1級ガイド武井氏による妙心寺、鹿王院見学」の続きです。

22日の2つ目の目的先【法金剛院】は、16:00頃正門前に着いた時は既に門が閉まっていた。「それでは、」とガイド武井氏が機転を利かせ「鹿王院に行きましょう。」と、一行は2台のタクシーに乗り合わせて【鹿王院】に向かった。

途中、車は太秦映画村前を通り過ぎたが、方向音痴の私は、頭の中でこの辺の地図が描けない。隣席の女性が「以前と表の様子が変わりましたね!?」と言うと、助手席の武井氏が「○○年前に変わりました」と答えておられた。40年ほどの遥か昔に一度だけ太秦を訪れた。時代劇のセットの中で、あの千葉真一が演技中(リハーサル?)のところを見るチャンスがあった。当時は知っていたが、その時代劇の番組名はもう思い出せない。他に思い出すのは、繰り返し色々な時代劇の撮影に利用される太鼓橋の情景である。

タクシーで10分弱だったろうか、【鹿王院】そばに着いた。【鹿王院】の沿革を見ると、足利三代将軍義満が、康暦二年(1380年)24才の時、寿命を延ばすことを祈って建てた禅寺で自ら【鹿王院】と名付けたとある。 入口の山門には、義満の筆で、『覚雄山』の扁額が掛けられている。六百余年もの時を超えていることに意識が彷徨う。

門をくぐると、建物に近い中門まで真っ直ぐに伸びた敷石の上を雨の中進んでいく。初めてのお寺、普段の景色、雰囲気とは異なる緑の中を歩いて行くと、左右に、上に、木々の枝や葉が覆っていて、「秋はさぞや素晴らしい紅葉だろう」と感じられるもみじの繊細な一葉一葉が愛らしい。皆が傘を差す中、ガイド氏が、「ここは近年、紅葉の名所として人気があるのですよ。見にくる人が多くなりました。」と言われ、納得!という気がした。心の眼で見る紅葉は惚れ惚れするほど美しく、足元は苔が生えて雨に濡れしっとりとしている。



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かなり長い道(100メートル)を奥に進むと寺の建物が見えた。客殿から舎利殿に行く中間に本殿があった。なんとあの有名な仏師運慶が作った「釈迦及び十大弟子」が中心に祀られていた。実は、ガイド氏の説明の最初の部分を聞き逃し、パンフレットでこのことを知った。ついでにウィキペディアで「運慶」を調べると、この作品のことは何故か出ていない。全体から釈迦像を眺めて行き、正面から像を見据えると、その眼や顔の雰囲気に何か言葉に言えない気迫や釈迦に対する深い信仰を感じたように思った。瞳は、光沢のある石が使われはめ込まれていた。釈迦像の周囲の十大弟子たち、そして後段の右側には開山普明国師、左に開基義満の像が一緒に祀られていて、いずれも他の古寺にある仏像と同じく、年代を経て表面が独特の灰黒色に変じている上に、雨の日の無灯火の本堂内でさらに黒さを増して鎮座している姿は、なんとも言えず長い歴史を経た威厳があった。京都には 程の神社、仏閣があると言われるが、自分は本当にその内の一部しか訪れていないし、この1200年の古都の重層的な歴史を肌で感じる機会があまりなかったのだと改めて思った。


ガイド氏が、この釈迦像は京都の中で唯一お寺ができた当時と同じもので、大変貴重なものだと言われた。戦乱の世には、戦禍を避けて、一時は東寺に移され、その後またこの寺に戻ってきたからこうやって無事に現代にまで残っていると聞くと、昔の人の厚い信仰のおかげだと思った。


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次に訪れたのは、舎利殿です。

鎌倉時代、将軍源実朝が、宋の国から招来した仏牙舎利(お釈迦さまの歯)が舎利殿の中央にある多宝塔に安置されています。はるばる宋から日本の博多に渡来した日が記録に残る珍しいもので、その十月十五日は昔から『舎利会(しゃりえ)』としてご開帳してしているとの事。それだけの由緒ある「仏牙舎利」であることから安置している多宝塔の見事な細工や構造、色彩(建造当時はどれほど豪華だったかビジュアルに捉えると、容易に想像できます)には見入ってしまうほどです。これほどの建造物をこしらえるとは、作らせた人も作った人も、お釈迦さまに対する敬慕の念は並々ならぬものを感じました。情熱(信仰心),技、そして莫大な時間が事実としてそこに迫った来ます。


この舎利殿の中から出て周囲の樹々に眼をやると、様々な樹がありました。その中で、四百年経つ木斛の銘木は、それ自身の枝や葉が周囲に円形状に覆い被さり、武井氏から教えられない限り、その巨大な幹の太さ(3、4人の大人が手をつなぎ囲めるくらい)に気づかなかったでしょう。そろそろ帰る時間も迫り、自分の立ち位置から斜め奥に、京都で一番古いと言われる沙羅双樹の木を眼で探しつつ名残をのこして庭を去った。

鹿王院を出ると、小雨の降りしきる中ガイド氏の後をあるいていくと、いつかJR嵯峨野線の嵯峨嵐山駅に着いた。ここから二条まで行き、東西線、烏丸線と乗り継いで家路に着いた。

今回拝観した妙心寺や鹿王院は、これまで情報も知識も持ち合わせていなかったところですが、京都の歴史に触れた余韻がまだ残っています。機会があれば、またゆっくりと訪れたいと思いました。



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