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スコセッシ監督、遠藤周作著「沈黙」を映画化••••••キリシタン史跡【鈴田牢】 [芸能やエンターテイメント]

ネット上で、ハリウッドの有名なマーティン•スコセッシ監督が遠藤周作著の「沈黙」を映画化し、いよいよ今秋11月にアメリカで公開することを知り、驚きとともに、嬉しさと期待がじわじわと湧いてきた。

おぼろげながら、6,7年前だろうか、同監督が「沈黙」の映画化に動き始めたというニュースを、やはりネット上で知り、とても興味を惹かれたのが蘇ってきたからだ。その後暗礁に乗り上げたというか、何が原因なのか立ち消えになり、がっかりした覚えがあった。監督は本気だったのですね。「タクシードライバー」などの作風からは、宗教や信仰の苦悶と監督のイメージが結びつかず謎に思えたままだった。

今回、ネット上で検索しているうちにその謎が少しずつ解けてきたように思える。マーティン•スコセッシ氏は風貌から予想していたが、両親が共にイタリア人移民のイタリア系アメリカ人でニューヨークのリトルイタリア育ちらしい。遠藤周作氏はこの本「沈黙」を1966年、つまり50年前に書き上げた。スコセッシ氏は、今から25年前に読んだという。何と少年時代はカトリックの司祭になる道を目指していたという。 あるウェブサイトでは、【牧師】と書いてあったが、これは誤りだ。なぜなら、両親はカトリック教の大元のイタリア出身だから。牧師という名称はプロテスタントの用語です。
兎も角、司祭、神父という職業を選ぼうとしていた人にとり、「沈黙」を続ける(かのような)神、信仰に生死を賭ける究極の場面は胸に迫るものがあるはずです。


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ウィキペディアを読んでいくと、特に3つのことが意外でした。
① 司祭(神父)の道を目指していた(前述の通り)

② 黒澤明を初め、溝口健二、今村昌平、小林正樹監督の影響、感化を受けていること
黒澤明の映画「夢」には、ヴァン・ゴッホの役で出演していた程黒澤ファンだったのですね

③ イザベル・ロッセリーニを含めて5度も結婚歴があること
***イザベル・ロッセリーニはあの有名なスウェーデン女優 イングリッド・バーグマン の娘です


映画の配役には、ベテラン俳優のリーアム・ニーソン、アンドリュー・カーネーギー 、日本からは、ハリウッドには馴染みとなあっている浅野 忠信、若手の篠塚洋介という豪華な出演者が揃っています。その他の脇役にも、どんな役者が配されているか、今から日本での公開が楽しみです。その前に、1971年製作の篠田正浩監督の「沈黙」をレンタルビデオで見ておきたいと思います。どういうわけか公開当時見ていなかったのが惜しまれますが、そのせいか当時のこの映画に対する評価もほとんど記憶にありません。スコセッシ監督がこの映画を観たのか興味のあるところです。


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この映画に対する期待感が湧いてくると共に、原作者の遠藤周作氏のお話を一度聴いたことを思い出しました。1977年か1978年に、主催者も講演のタイトルもすっかり忘れていますが、逆算すると遠藤氏が54,55才の時でした。1966年にすでに「沈黙」を出版されていましたが、小説の題材の隠れキリシタンの里, 長崎(外海地区)によく来られていたようで、講演の中でも長崎という土地柄を気に入って盛んに褒め持ち上げられていたので、これは半分は社交辞令かなとちょっと割引して聴いていたことを覚えています。没後、平成12年5月、ご遺族の意向もあり、上記の外海地区に「遠藤周作文学館」が開館されたことを知った時は、遠藤周作氏と長崎の深い縁を感じました。

講演当時は、シリアスな作家というよりは狐狸庵先生というニックネームを持った作家としてとても人気がありました。成る程、話がユーモラスで時には笑いながら楽しく聴いた雰囲気を覚えています。余談ですが、遠藤周作氏のほかに、女流作家の杉本苑子氏、豊田穣氏のお二人も同じく講演され、それぞれに聞き入りました。


「沈黙」の中では、信仰とは何か、そもそも神とは何か、神と人間との関係は? という根源的な問いがあります。信仰する者にとって、しかも指導する立場の神父にとって、願いが目に見える形で聞き届けられないことが、むしろ人間にとって幸いなのか? 絶望なのか?
•••神は呼べども答えず、沈黙のみ。
•••信仰は時には自分の人生どころか、生命さえもかけないといけない時がある
•••神の沈黙に主人公はどういう生き様を選ぶのか?


遠藤周作氏は多分調べておられたでしょうが、スコセッシ監督は外国人宣教師やキリシタン達が閉じ込められていた牢屋の跡が長崎県大村市の郊外にキリシタン遺跡の1つとしてあることをご存知でしょうか?それは【鈴田牢】といいます。この地を含む大村藩は元々はキリシタン大名の治めるところでしたが、江戸時代の初め、キリシタン禁令によりキリシタンの迫害、処刑が行われたところです。この【鈴田牢】のあった場所は鈴田川が大村湾に交わる河口付近で、今でも小高い山、白い鳥が降り立つ川、波の無い穏やかな海面が一望に見渡せる、実は私のお気に入りの場所です。現代でさえこんなに自然の美しさが味わえる風景ですから、ちょうど4百年前は、どれほど素朴で海、山が感じられたことでしょう!車や電車で通る時はじっと目をこらす風景です。この美しい風景の一区画に、ほんの一部分にキリシタン達が5年間にわたり閉じ込められていた牢屋が存在したとは!このアンバランスと違和感、非情な事実に驚かされます。


この【鈴田牢】にまつわる話はかなりあるため、別の機会に回したいと思います。キリシタンの歴史に興味がある方、今回のスコセッシ監督の映画を観られる方など、興味のある方は是非【鈴田牢】跡地を訪ねて見られたら如何でしょうか?


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